自己否定を止められない貴方へ
人間は不完全。
なら、不完全であることが当たり前だとも繋がる。
自分を責める時間が勿体無くない?
この理論で言えば、
不完全であることが当たり前なのに。
自分を責めてるということは、
自分の不完全の部分を
駄目だって攻撃してるってこと。
不完全であることが当たり前。
=人は欠点を何かしら持ってる。
=自分も欠点があって当たり前。
とんだ爆弾理論かもしれないけれど、
そういう風に捉えてみると、
少しは楽になったりしないかな。
自分を責めるだけなら、誰でも出来るよ。
簡単すぎるんだよね。
今から、毒・・・厳しいこと吐くよ。
自分を責めることで、思考放棄してるの。
それしか選択肢ないみたいに錯覚させる。
その選択肢が、さも最善であるかのように。
責めときゃ良いーってさ。
でもそれって、何も進歩しないよね。
今後も、何も改善もないまま、そのまま。
また同じことが起こっても、責めるだけ。
責め続けるだけ。
出来ないって言い続ければ良いもの。
でも、それだと苦しくない?
生きてて、自分嫌いなまま、
不謹慎だけれど、ご臨終になりません?
最悪、そういうことを思う自分に対してさ
最低だなーって罪悪感湧くんだよね。
それのスパイラル。
負の循環が起きて、抜け出しづらくなる。
はい。 ・・・完全なる、経験談です。
実際にここから出来ることってさ。
考え方の方向を少し、変えてみたり。
欠点を責めてる時間があるなら、
その欠点からどう自分はリカバリー出来るか?
色々、工夫の余地はあると思うんだ。
結局、思考が行き着いたところって、
自分はそういう性質がある。
なら、それをどうカバーする?
その性質をどう活かせる?
ってことなんだよね。
シンプルなの。
思考の方向性を変えたら、
本当に生きやすくなった。
自分を責める性質が少しずつ、
改善されつつある。
以前の私からは、考えられない変化だ。
色んなことあったけど・・・
本当にありがとう。 大好き。
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2019年11月27日に
実際に行ったことから反芻させ、
自分へのメッセージがてらに執筆。