Paradox#

思考ノートの切れ端⸜( •ω• )⸝ その時の心境や状況によって様々な角度で切り込んでいることがしばしば。

コトバツカイ

 

 

言葉ってやつは時に、美しくも綺麗であり。

 

どうにも残酷だから、
本心でない言葉もぽんと口にしてしまうんだ。

 

心の中のモヤモヤを吐き出すように、
言葉を扱う僕は、
未だに言葉を上手く扱えてる気がしない。

 

上手く扱える気がしない。
何年経っても。

 

自分の心の中がぐちゃぐちゃで

身に入ってない時に、吐き出したとて、


言葉の方が先に

『君のホンシンはこっちだ!』って
指し示す。

 

言葉が先に解っている感じ。

 

自分のことなのに、

心の方がままならなくて、
まだ追い付いていない感じ。

 

しかし、世の中、
そんな感じなのかもしれない。

 

他の人も存外、
よく分からないまま、
自分自身を生きている。

 

僕は、真面目すぎるんだろう。


たまに嫌になる。
僕のそういうところが。

 

でも、そうじゃない僕もいる。


いつだって正反対。

 

生まれた時から物心ついた時には、
もう既に。

 

正反対の自分の性質があって。

 

性質の一つは一つだけだと思うだろう。
短気なら短気、それが表といったように。

 

しかし、そうじゃない。

 

性質の一つが表とするなら、裏もあり。
僕には表裏が共存している。

 

(例で挙げた短気なら、
短気の反対は気長なので、
短気と気長がどっちもあるといったところ。)

 

矛盾の性質が隣り合わせの状態で。

 

他の方もそういう人が
実はいらっしゃるのではなかろうか。

 

余りにもややこしいため、
理解されることを・・・
いいや、違うな。

 

理解されたいと思うことを
いつからか、止めた。

 

中学の頃、塾の先生から言われたこと。


『本当の○○さんはどこに居るの?』

 

・・・どっちも、僕で。
どっちも本心なんだよ。

 

しかし、その時の気分で
そう言ってしまっただけなら、
それは僕の本心ではない場合も多い。

 

時間を込め、暖かい感情で
外に放った言葉では無いから。

 

・・・未熟だなと思うところであり、
気をつけたいところでもあるんだ。

 

そういう時の言葉は、
大抵、泣いている。


泣いているように僕には聴こえる。

 

本心の中にある願望とは
別の方向性の
伝え方をしてしまっているから。

 

そのことに自分が自覚するまで。

 

いや、未だに僕自身。

 

この正反対の性質同士、


自分の中の内側で、
お互いがお互いを歪み合っているような・・・

 

認められないような感覚に苛まれ。

そのことに嘆く日もある。

 

強さも弱さで、弱さも強さで。

 

誰かから
『強いね』と言われた僕も

“人”であり、

 

不完全、未完全ゆえに
自分の中にある臆病な部分から、
泣いてしまう日もあるんだ。

 

内側の話は、どうにも感覚的なので、
こういう感覚だ、という
共通認識があるならまだしも、

 

体験したことがない感覚を
こういう感覚かな?と
結びつけることができるかは

 

書き手の伝えたい想いの強さと
説明能力、分かりやすい言葉遣い、

 

読み手の想像力によるのだろう。

 

試されてる気がしないでもない。

 

言葉という共通の言語を持たされた僕らは、

 

コトバツカイさながら、
日々を生きている保身者、

または挑戦者・・・

 

開拓者でもある。

 

しかし、人という生き物は

日々進化し、

 

進化することに伴い、

言葉も日々、進化する。


他のこともそうだ。

 

生きている生き物。 生きている言葉。
生きている言葉ではない感覚、あるいはもの。

 

言葉では補えない部分を、
言葉ではない、感覚、
またはその他のモノで養うんだ。

 

他のことで伝えるんだ。

 

コトバツカイである僕らにとっては、
言葉の限界を突きつけられた気がして、
悔しいことこの上ないけれど。

 

僕らは、これからも進化する。


生きているからこそ、進化し続ける。

 

それが良い方向か、そうでないかは・・・
残された後の人たちにしか知り得ない。

 

生きている僕らが居るからこそ、
言葉も進化し続けるだろう。

 

更に飛躍し続けるだろう。

 

言葉の壁も気にしないくらいに
過ごせるようになる日も近いかもしれない。

 

それは、言葉と
感覚が合わさったからかもしれないし、
その他のものかもしれない。

 

成し遂げる。

 

限界だと思っていたものが、
限界じゃなくなる瞬間。

 

僕らは、進化し続ける。

 

生きている限り。

 

 

 

 

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が信じたいこと。

 

物心ついた時には、

ずっと心の中にあること。

 

なんでかはもう分からない。

 

書いてる時に

最近の心模様がどうにもにじみ出てしまうのは、

実はこのことに悩んでいたのかな、と気づけるのも、

私の癖かもしれない。 

 

創作にしようと思って書いていたことが、

いつの間にか、私自身の感覚…

私のことに結びついてしまうことが。

 

なぜでしょう?

 

不思議です。

そういうことが多くあって。

 

読んで頂いた貴方に、ありがとう🥰